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神戸地方裁判所 昭和36年(む)969号 判決

被告人 真岩武志

決  定

(被告人氏名略)

右の者に対する当庁昭和三五年(わ)第一〇七六号恐喝被告事件につき、被告人真岩武志から、右事件の審理を担当する裁判官本間末吉に対し忌避の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件忌避申立を却下する。

理由

申立人の本件忌避申立理由の要旨は

裁判官本間末吉は、右被告人に対する前記恐喝被告事件につきその審理に当つている者であるが、

第一、昭和三六年一月一二日の第三回公判において、公訴事実第一の「被告人が三菱商事株式会社神戸支所より金三、〇〇〇円を喝取した」との点について証人戸塚起雄に対し弁護人中井一夫がしようとした尋問を不当に制限した。即ち当初は申立人(被告人)自身において右証人を尋問したのであるが、同証人の証言がはつきりせず腹がたつのが先になつて質問の方法が乱れたので、弁護人中井一夫が申立人(被告人)に代つてその点につき更に追求を重ねようとしたが、裁判官は重複質問であるとしてこれを制限しようとした。しかしながら問題の質問制限を受けた点については同証人が虚偽の供述をしていることがすべての点より判断できるのであつて、右のごとき場合に重複の質問をすることは証人に真実を語らせるために必要な方法として許されるべきである。裁判官の右の措置は被告人の有罪を前提としてとられたもので公正を欠くと考えられる。

第二、右の事実に鑑み、同裁判官は昭和三五年一二月九日の第二回公判における証人高橋政已に対する尋問のときから公正でなかつたのではないかと推察せざるをえない。

第三、また検察官は証人尋問に際し、申立人(被告人)のやつていた運動は暴力であるとか、このような運動は必要でないのではないかとか、申立人(被告人)の啓蒙運動(愛国評論紙はその中の一である)に対して弾圧を加えていると思われるようなことを法廷において発言した。しかるにこれを裁判官が黙つているところをみると、同裁判官も申立人の運動に対して検察官同様弾圧を加えているのではないかと不審が抱かれるわけである。

以上の三点から同裁判官には不公平な裁判をする虞があるからこれを忌避する。

というのである。

よつてその当否を判断すると

申立人の主張第一について。

被告人真岩武志に対する前記恐喝被告事件の第三回公判調書(引用の速記録を含む)によれば、問題の証人尋問の制限は、証人戸塚起雄において昭和三五年五月一〇日頃三菱商事株式会社神戸支所へ賛助金名下に現金三、〇〇〇円をとりに行つたのであるが、これは右被告人の意思に反して勝手になされたものであるかどうか、即ち具体的には、右の両名がかつて上京していた際、同証人のみが先行して神戸に帰ることとなつたので申立人(被告人)において同証人に対し、「自分は目下三菱商事の本店に直接賛助金の要請をしているから、神戸に帰つても神戸支所にはこれを要求しないで欲しい」旨を云つたか否かの点に関してであると認められる。

そこでこの点についてどの程度の尋問及びこれに対する供述がなされているかを右調書(引用の速記録を含む)によつて調査すると、

一、検察官の主尋問において(右速記録一二丁)

検察官 真岩からその三千円をもらつてはいけないということを云われたことありましたか。

証人 真岩さんが東京からお帰りになつて、お会いしたときに、何か怒つてるような顔しておりました。

検察官 もらいに行くまでに、あの金はもう、もらわずにおこうというようなことを云われたんですか。

証人 いえ、そういうことはございませんです。

二、弁護人中井一夫の反対尋問において(右速記録二一丁)

弁護人 そうするとあなたと真岩とが東京へ行つておいてあなたは一人神戸へ先に帰つてきた。金をもらうということについては真岩から命じられたことも、相談したこともないんだと、

証人 そうです。

三、被告人(申立人)の反対尋問において(右速記録二四丁)

被告人 戸塚君、東京でぼくと別れるときに帰つたら三菱でお金をいただいたらいいかということをぼくに聞いたことがありますね。

証人 ぼく記憶ないんですけど……。

被告人 それで、ぼくは、三菱は本店に寄つたことはあなた知つてますね。

証人 知つてます。

被告人 だから支店には行くなと云うたことをあなた思いだしませんか。

証人 記憶にないんですけど…………、

四、弁護人中井一夫の再度の尋問において(右速記録二九、三〇丁)

弁護人 君が帰つてくるときに、真岩君から、本店に話をしているから本店には行くなということを話したことを思いだしてくれたらどうかな。

証人 思いだそうとしましても、わたし、聞かなかつたような気がするんですけど…………。

弁護人 右翼の連中が運動を起こすのに金がいる。それで、本店に話したから支店へは行くなと、思いだせないか。

証人 思いだせませんです。

弁護人 あつたかも知れないが思いだせんと、

証人 そういうことは全然、記憶に残つておりませんのですけど…………。

(一問答省略)

弁護人 君自身も勝手にやつておつたというようなことはあるんじやないか。

証人 はい。

弁護人 そこでだ、今いう話はどうなんだろう。三菱の本店に主幹が話をしているんだから、本店に云うてるところは支店に行くなと、こういう話があるのは当然じやないか。かまわんじやないか。別に、その問題については君が起訴されているんじやないんだから。

証人 どうもそれは思いだせません。

弁護人 この事件は……、

との発言が行われている。そうして右弁護人の「この事件は……………」、との発言があつたときに裁判官において以後弁護人が同趣旨の尋問を続けるのを制限したことが認められる。

ところで、本件のごとき被告人側の重要な立証事項については、証言の真否を確かめるために特に念をおす等の方法によりある程度反覆して証人を尋問することは許されるべきではあるが、他面訴訟の適正かつ能率的な運営上自ら守るべき限度があることも当然であつて、右一乃至四記載の各発言及びその前後の経過等を検討してみると、前記問題点については既に再三尋問が行われ、弁護人中井一夫の尋問をみても前記四のとおりその反覆した質問により証人は既に四回に亘つて「思い出せない」旨の供述をしているのであるから、右証言の証拠価値はともかくとしてこれ以上同趣旨の質問を繰り返すことは所謂重複質問として許される限度を超えるものと認められ、裁判官の前記尋問制限の措置は刑事訴訟法第二九五条(同規則第一九九条の一三第二項第二号参照)の訴訟指揮として適法なものといわなければならない。

従つて右の措置は申立人の主張するごとく被告人の有罪を予断するがためにとられたものではなく、右事実のあることをもつて公正を欠くものということはできない。

同第二について。

そうすると、右のごとき措置があつたことから、昭和三五年一二月九日の第二回公判における証人高橋政已の尋問の際にも公正ではなかつたとする申立人の主張も畢竟理由のないことに帰するわけである。

同第三について。

およそ不公平な裁判をする虞の有無は忌避申立人の単なる主観のみによるべきではなく、諸般の事情を審査し、一般の通念に照らして客観的に右のごとき虞が推測できるか否かによつて判断すべきであると解せられるところ、前記恐喝被告事件記録を精査しても、検察官において、申立人(被告人)のやつていた運動が暴力であるとか、このような運動は不必要である等右の運動に不当な弾圧を加えていると解せられるごとき発言はこれを見出すことができず、右記録に現われた以外に該当の発言があることは申立人の主張、疎明しないところであるから、裁判官において検察官に同調し申立人(被告人)の運動を弾圧しているのではないかとの不審は、畢竟申立人の単なる主観的推測に止まるものというべきであつて、申立人の非難はその当を得ないものと認められる。

以上各点を通じて、裁判官本間末吉が事件につき予断を抱く等不公平な裁判をする虞があることを認めるべき根拠はなんら存在しないから、申立人の本件忌避申立は理由がないものとして刑事訴訟法第二三条によりこれを却下することとする。

よつて主文のとおり決定する。

(裁判官 江上芳雄 白井守夫 松原直幹)

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